京都の冬の見どころ「松」の魅力
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とりわけ寒い京都の冬ですが、近年は冬にお越しになる観光客の方も多く、よく知られた観光地などは年中、沢山の人で賑わっています。京都には伝統的な古い建築が無数にあり、ついつい建物ばかりを見ておられる方が多いのですが、私は冬の京都こそ「松」を見ていただきたいと思っています。
私の家は呉服屋で、幼い頃より着物に囲まれて暮らしていました。展示会の時には着物がずらりと並ぶのですが、留袖や訪問着を見るのが好きでした。晴れ着の着物に描かれる松はどれも優美で、松竹梅や、松鶴、松と吉祥紋などは、あらたまった感じがして特に好んでいました。物心がついた時には、神社やお寺にある松の木の枝ぶりの好みがなんとなくあり、社寺の屋根との対比を眺めたり、庭を見て、庭石や灯篭などと松の木のちょうど良い組み合わせのところを探したりするようになっていました。落ちている松ぼっくりや松葉を拾ったりするのも好きでした。
源氏物語絵では第6帖「末摘花」の末摘花の庭には堅苦しい古式ゆかしい姫を印象付けるように立派な松が描かれますし、第51帖「浮舟」では松の木に雪が積もっており場面をドラマティックに演出しています。松は日本の樹木の中でもっとも当たり前にみられる木で建築材、燃料、食用としても使われてきました。京都の観光地では視界のどこかに松があり、特にお正月には根引松などに使われますから、その魅力をお伝えしたいです。
松の見どころ 「樹形」「樹皮」「樹冠」「枝垂れ」そして「折り枝」
松の木の何がそんなに私を惹きつけるのでしょうか。まず第一に常緑樹であると言うところです。四季折々、いつでも葉が青々としています。寺社だけでなく、洋館とも合います。レトロな洋館のある庭の松の木の前などは着物がよく映えますから、レンタル着物などを利用される方は是非、そういう場所を見つけていただきたいです。
見どころはたくさんあります。注目するべきポイントを知ると京都の町の景色が違って見えてきます。まずは、「樹形」と「枝垂れ」「樹冠」について。松の木の全体の形は、流れるような作られた動きのあるもの、こんもりした形、日当たりの良い場所では空に突き出るように高い姿の松を見ることができます。古来から松は老木で枝の垂れている木に神が降りると言われていて、松の木は枝が下に垂れているのが良いのです。枝が四方に垂れて、樹冠は笠になったようなような松は、神様が宿るとされ、大切にされる松です。手入れの行き届いた樹形は周囲の建物や庭に合わせ、剪定によって仕立てられています。見る角度によって趣が変わりますし、灯篭などとの対比がばっちりと決まっているところを見つけると嬉しくなります。
松には霊力がある
上賀茂の辺りでは縁起物として松の木の枝を一方向に伸ばしているものがあります。そのように伸ばせる樹木はあまりなく、そしてそうした松には霊力があり、長ければ長いほど縁起が良いと信じられています。
松と石と苔やその他の木々が作りだす空間は清々しいもので、そこに鳥の鳴き声なども聞こえてくるとつい足を止めて枝ぶりの先の方を見上げてしまいます。揺れる枝で鳥がせわしなく動いている様子も良いものです。季節を問わず美しい松ですが、真冬、雪の積もった松はまるで襖絵のよう、雪の上に落ちる松葉も格別です。
クロマツ、アカマツ
次に「樹皮」に注目してみてください。松の木の樹皮は2種類あり亀裂があってゴツゴツとしているクロマツ、上部が赤みを帯びているアカマツがあります。能舞台の鏡板に描かれる松はクロマツで、春日大社の「影向の松」が発祥です。影向とは、神仏が仮の姿でこの世に現れることです。たっぷりとした姿、苔がつき力強く重厚な老松で描かれます。クロマツは雄松と呼ばれ、針葉が太く、しっかりとしています。かしこまった場所によく合います。
アカマツはその名の通り上部が赤褐色、針葉はクロマツよりも柔らかく優美で伸びやかな印象です。雌松と呼ばれます。生命力が強い樹木で、伐採や火災などによって山が裸になった時、最も早く根を生やす樹木なのだそうです。
折り枝とは
平安時代の貴族の文化に「折り枝」の習慣があります。王朝貴族たちは日々の暮らしや年中行事など隅々まで自然と結びついていましたから、四季の自然を理解していることが教養であり、会話や応接などは自然にちなんだやりとりをします。その時に使われるのが「折り枝」です。贈り物をするとき、手紙のやり取りには季節の花や木を添えたり、直接結んだりします。春は桜や柳、夏は菖蒲、秋は紅葉、そして冬は松です。
「折り枝」は手間がかかっている方がよく、雪の降りかかった枝を使ったり、わざわざ本物に似せて造りもの(造花)を添えたりもします。源氏物語第21帖「乙女」では秋好中宮と紫の上の贈答の中で、紅葉などをつけた文のお返しにと紫の上が造りものの巌に苔を敷き、五葉の松の枝を文につけますし、第51帖「浮舟」では宇治の浮舟から京の中の君への文に造りものの松の枝が出てきます。五葉の松というのは、アカマツ、クロマツなどの2葉の針葉でなく5葉の松です。京都のお寺には有名な五葉松がありますので是非ご覧になってください。
最近では、松と南天でクリスマス飾りを造り、クリスマスが終わった26日以降は正月飾りにされている方を見かけますが、これはとても良いアイデアだと思います。日本では縁起の良いとされる木には条件があり、常緑樹であったり、赤い実をつける木などは縁起木の特徴ですが西洋でも同じような意味で、常緑樹のセイヨウヒイラギを厄除けの魔力がある木として飾ります。
セイヨウヒイラギは冬に青々としていて赤い実をつけるから、神が宿る聖木なのです。ヒイラギは日本では2月、鬼よけ、魔除けとして使いますが、西洋ではクリスマスに赤い実のついたセイヨウヒイラギのついた枝を飾りとして使います。そして日本の「折り枝」と同じようにセイヨウヒイラギを贈り物に添えたりもします。クリスマスプレゼントの飾りやクリスマスケーキの飾りで見かけるセイヨウヒイラギには意外にも日本の文化との共通点があるのです。
松の緑
さて、最後に松の新芽「みどり」について。松はお祝いには欠かせない木です。お正月の門松、婚礼の島台など古くから日本の祝いの席には必ず松が飾られました。私は長唄の稽古をしていますが、松は繁栄の象徴として数多くの祝い曲に登場します。習い初めに必ず練習する短い曲で「松の緑」という曲があり、この曲に出てくる松が、まさに私の好んでいる煌びやかな松そのものといった様子ですので、歌詞をご紹介します。
今年より 千たび迎ふる春ごとに なおも深めに 松の緑か 禿の名ある
二葉の色に 太夫の風の吹き通ふ 松の位の外八文字 華美を見せたる蹴出し褄
よう似た松の根上がりも 一つ囲ひの 籬にもるる 廓は根引きの別世界
世々の誠と裏表 くらべごしなる筒井筒 振分け髪もいつしかに
老いとなるまで末広を 開き初めたる 名こそ祝せめ
この曲では廓(遊郭)を題材に歌詞が書かれていますが、これは例えで、実際には4世杵屋六三郎が、娘の襲名披露のために作ったお祝いの曲で、禿(子供)が出世をするようにとの願いが込められています。松の緑とは、青々とした松葉と、松の新芽の箇所は「みどり」と呼ばれているのでその二つが曲名になっています。春は松の新芽が普段より突き出ていますから気にしてみてください。
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京都で一番の松
松には社寺の景観や静寂さを守る樹木としての役割があります。京都は町中に数多くのお寺がありますが、周囲が民家のことも多いですから境界に樹木があることで聖域が守られています。現代では、松への人々の関心が薄れているように感じます。しかし凍てつく寒さの中だからこそ映える松の木をたっぷり堪能できる冬の京都の松の風格をご覧いただきたいです。
そして、ここであえて、私が一番だと思う松は、やはり京都御所の松です。池や小川、橋などとの調和の取れた松、平安時代からの建築法で作られた建物とともに見る松、電柱や電線のない空間で、大きな空の下、松が並ぶ様子は、神秘的です。どの松も手入れが行き届いており清らかで青々と輝いているように思えます。御所を囲む京都御苑にも沢山の松の木があります。松以外の木々も立派で、木々を縫うように続く小道は気持ちよく、木を眺めているうちに今出川から丸太町まであっという間に歩けます。
松がこんなにも似合う町は他にありません。この町では松は探さなくてもあちこちで見れますから、今日から是非、松を眺めてみませんか?
『京都 神社と寺院の森 京都の社叢めぐり』渡辺弘之著 ナカニシヤ出版
『縁起のよい樹と日本人』有岡利幸著 八坂書房
『松と日本人』 有岡利幸著 講談社学術文庫
「マツ」の話 池谷浩著 五月書房
『長唄の世界へようこそ』細谷朋子著 春風社
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京都市中京区の呉服店の長女として生まれ、生粋の京都人である祖母や祖母の叔母の影響をうけながら育つ。通園していた保育園が浄土宗系のお寺であったことから幼少期に法然上人の生涯を絵本などで学び始め、平安時代後期の歴史、文化に強い関心を抱くようになる。その後、浄土宗系の女子中学高等学校へ進学。2003年に画家の佐藤潤と結婚。動植物の保護、日本文化の発信を共に行なってきた。和の伝統文化にも親しみ長唄の稽古を続けており、歌舞伎などの観劇、寺社への参拝、院政期の歴史考察などを趣味にしていたが、2017年、日向産の蛤の貝殻と出会い、貝合わせと貝覆いの魅力を伝える活動を始める。国産蛤の⾙殻の仕⼊れ、洗浄、蛤の⾙殻を使⽤した⼯芸品の企画販売、蛤の⾙殻の卸、⼩売、⾙合わせ(⾙覆い)遊びの普及を⾏なっている。
|とも藤 代表|貝合わせ/貝覆い/京文化
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佐藤潤 画