京都人だけにわかる「疲れた」3種

 疲れたと言われても、どれくらいの疲れかは分からない。せいぜい「ああ、疲れた」という感嘆詞が入ることで、疲れの程度がちょっと上乗せされたかなとも思えるが、それで、……となってしまう。

 祖母はなんと言っていたかなと思い出してみると、「ほっこり」、「くたびれ」、「しんどい」などと言っていたことを思い出す。感嘆詞、「ああ」ということばを付けてみると、「ああ、ほっこりしたな」とは言わない。「ああ、くたびれた」とは言う。「ああ、しんど」とも言う。一番ぴったりとくるのは「ああ、しんど」であるかな。「しんどい」は「心労」から来ているので、気苦労の面をも含め、相当な疲れである。寝込むような疲れが「しんどい」である。それに対して、「ほっこり」は、すんなりとことは済まないが、ちょっと気疲れした様子である。それに続く「くたびれ」は、寝ることで、その疲れを翌日には残さない程度の疲れである。

 それらのことばを聞いた周囲の人たちは、「ほなちょっと肩でも揉もか」と言ったり、「今日は早よ寝えや」と言ったり、「明日、起きられるか」と心配するようなことばを返す。ただ疲れただけでは分からない微妙なニュアンスがそこにはあって、相手を思いやる、いたわりの心が芽生えてくる。また本人自身も疲れの程度を自分なりに把握し、意思表示できることは、周りの人や家族にとっても大変ありがたいことである。しかし、今では、「疲れた」の一言で終わってしまう。事実を伝えることは大切ではあるものの、その程度の差を分かって使えればと思う。今なら、程度の副詞を入れるのかなとも思う。ちょっと疲れた、だいぶ疲れた、などと使うだろうが、その程度は人によっての物差が違えば、その程度も違ってくるだろう。そう考えると、この物差が具体的な程度、一服したら済む、一晩寝る、寝込むといった程度を示すことばがあれば、自らが判断して、その疲れの程度を伝えることができる。まさに京ことばは文化である。

 そんな疲れた時には、ちょっとお茶でもとなる。小さい頃、お茶のことを「おぶ」、「ぶぶ」、もっと幼子などは「ぶ」などと言っていたかと思う。そのお茶に関連して、京都人の本音を言わない性格というか気質を表す例えとして、「京の茶漬け」という落語がしばしば語られる。内容は時分時に「何もおまへんけど、お茶漬けでもどうどす」と言われれば、そろそろお帰り下さいと言われているのだと捉える了解ごとに対して、居続けて、なんとかお茶漬けをよばれようとする客と留守の主人に取って代わった家内とのやり取りである。

「ぶぶ」と「おぶ」の違いとは。

 その話はまたの機会として、「おぶ」については、「ぶ」に接頭語の「お」が付いて「おぶ」と言っただけであるが、「ぶぶ」とは大いに違うのである。というのも、先ほどの「京の茶漬け」を、京都風に言えば、「京のぶぶ漬け」とは言うが、「京のぶ漬け」、「京のおぶ漬け」とは言わない。「ぶ」は幼児語である。子どもになら「ぶ飲むか」とは言うが、大人同士で「ぶ飲むか」とは言わないので、「おぶどうどす」とすすめたり、また「おぶ飲まはりますか」と尋ねたりはするが、「ぶぶどうどす」とはあまり聞かないように思う。ただ、幼子に対しては、「ぶぶ飲むか」とは言うように思う。

そこで、「おぶ」と「ぶぶ」の違いになるが、「おぶ」は、普通に飲めるというか、飲み頃のお茶ということになるが、「ぶぶ」はお茶を冷ますための吹く音からきたのである。つまり、「おぶ」は飲み頃のお茶であるのに対して、「ぶぶ」は熱いお茶なのである。お茶漬けは通常 冷や飯にお茶をかけるので、そのお茶は、当然熱くなくてはならず、ぬるいお茶では許されないのである。電子レンジがなかった時代である。ゆえにお茶漬けは「ぶぶ」でなければならない。ただ、幼子に対しては、大人が飲める「おぶ」であっても、熱いかも知れないので、「ぶぶ」とも言うようだ。その時は、熱いかもしれんから、「ふーふー」しいやなどと付け加える。また、擬音語という幼子にとっては親しみやすいことから、単にお茶のことを「ぶぶ」とも言っている。

冬場、飲み会などで午前様となった家で待つ母から、「ぶぶ漬けでもどうや」とすすめられたことを思い出した。私の年代の妻からは、もう聞かれないように思う。「ぶぶ漬け」は、今や一世代上の会話になってしまったように思う。辛うじて「京の茶漬け」という落語の世界で、「ぶぶ」ということばを思い出すようにも思う。

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この記事を書いたKLKライター

京ことば研究家
西村 弘滋

 
京ことば研究家
故井之口有一・堀井令以知両氏の「京ことば研究会」で、京ことばとことばの採集方法を学ぶ。京ことばの持つ微妙なニュアンスの面白さを追い続けている。

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