このとき住所「竜前町」と町名まで書いてあればまだよいのですが、町名を省いた上ル下ル表記だけになると「ないぞ、ないぞ、ないぞ~」となるわけです。まあ、KBS京都くらいメジャーであれば、住所がなんだろうと迷うことはないのですが、これが一般家庭だと地図内迷子をさまようハメになります。ちなみに、KBSさんも心得たもので、名刺の住所には「烏丸上長者町」と書かれていました。

KBS京都

KBS京都

30代後半以上の方ならご存知であろう「かたつむり大作戦」と称した交通安全キャンペーンを24時間番組で展開した放送局。本年開局70周年を迎える。

実は、日本テレビの24時間番組「愛は地球を救う」開始よりも2年早くスタートしていた、長尺番組の魁(さきがけ)的存在でもある。同番組では、西城秀樹の妹役としてデビューした河合奈保子がキャンペーンソングを唄っていた。

地獄の家探し。

このように広い町名は、何かとナンギするものなんですが、では上京区内で最大の広さを誇る住所はどこでしょうか?おそらく「相国寺門前町」だと思います。門前町とは、室町時代に参拝者の多いお寺の周囲で発展した町のことです。相国寺といえば京都五山第二位の大きな寺ですから、門前町も広いんです。北は上御霊神社の手前から、南は同志社大学の敷地内まで、南北に約700m、東西は600mもあります。あまりにも広いため、「相国寺“南”門前町」というように、門前町の前に「東西南北」つける通称があるほどです。宅地は推定約800軒。

問題はこのだだっ広い町内で、東西南北のエリア表記も、番地も書かれていない場合です。これは配達員にとっての地獄絵図となります。「配達の仕事はダンドリが8割」が持論の私ですが、それでもお中元お歳暮の繁忙期ともなれば、積んだり降ろしたりで1~2トンの荷物を手に駆けめぐるわけですから、肉体労働であることに変わりはありません。ちょっと想像してみてください。そんな重労働が約1ヶ月もの間、休みなしで続き心身ともに疲弊した状態で、細っか~い住宅地図を相手に、800軒もの家の中から、たった一軒を探しだす…。これはもはや拷問です。私はこのゴーモンに耐えきれず、何度かゲー吐きそうになりました。またある時は、とうとう発作を起こしてしまい、「テメー、ナメんな、コノヤロー!!」という意味不明の奇声とともに、伝票をビリっビリの八つ裂きの刑に処したこともあります。

でも、こういう苦労があるから、一度行った家は絶対にアタマの中にインプットしようと必死になれます。おかげで半年も配れば、番地に頼らなくとも名前を見ただけで9割がた、場所がわかるようになりました。「若いうちの苦労は勝手でもしろ」という格言を身をもって学ぶ日々でした。とはいえ、やはり番地は書いてあった方がありがたいものです。みなさまのご理解とご協力を何とぞよろしくお願い申し上げます。

相国寺

相国寺

足利義満の庇護のもと建てられた京都五山第2位に列する名刹。最盛期は現在の数倍の広さを誇っていた。五山文学の中心地でもあり、水墨画で有名な雪舟は相国寺の出身である。また、同志社大学は当時の相国寺の跡地にあり、仏教の地にキリスト教の大学が鎮座する、ある意味不思議な光景ともいえる。

究極のステータス。御所の中に住宅?

先ほど上京区内最大の町名を相国寺門前町と申しましたが、2位の誤りです。失礼しました。では1位はどこか?京都御所。いわずと知れた、天皇陛下が明治維新までお住まいになった地です。一般に御所といわれていますが、正しくは京都御苑という名の国民公園の中に旧皇居である御所があります。この京都御苑にも住所があったのです。「京都市上京区京都御苑」です。そのまんまですね。そして、この京都御苑の中にも住宅があるってご存知でした?私の知るかぎり、7~10番、15番、438番と最低3つのエリアがあります。京都では「御所南」や「御所西」といった「御所○」エリアに住むことが1つのステータスになっていますが、それよりもスゴい「御所中」にお住いの方々がいらっしゃるわけです。でも、この究極の物件は、不動産屋さんに行っても取り次いでくれません。この地は御所にお勤めの方用の官舎となっているからです。私も配達でお伺いするまで知りませんでしたが、御所の中にあるお宅に配達するって、なんだか不思議な感覚でした。

御所「中」住宅

御所「中」住宅

赤枠内に注目。今出川御門の左からチラリと姿を見せているのが「御所中」住宅の屋根である。残念ながら「現地」は立入禁止のため公開はNG。

ところで、この8番15番438番の3カ所はけっこう離れていて、いちいち御苑の外に出て、烏丸通や今出川通を迂回すると時間がかかるんです。御所の一般公開がされる時期は混みますしね。で、昔はツワモノがいたそうで、御苑の中の砂利道、それもかなり大粒の砂利道を4駆のトラックで縦断したとか、しないとかの伝説が語り継がれていました。御所内にもパトカーが巡回していますが、見つかったらやはり違反切符を切られるのでしょうか?


元・宅配ドライバーとして…

京都独特の住所と戦う宅配ドライバー奮闘記はいかがでしたか?碁盤の目の町を駆けまわる配達員の日常をご紹介したのには訳があります。コロナ禍によりネットで買い物をする方がますます増えています。宅配便は生活の一部として浸透し、物流・配送業界は大変な人手不足の模様です。したがって、指定時間に遅れるなど配送業者への不満やストレスも多々あるかとは思いますが、彼らの苦労を知っていただければ、そのイライラも少しは和らぐのではないかと思う次第です。いっぽうで配達員の皆さんは、今や社会インフラともなった宅配ネットワークを支える担い手として、誇りをもって荷物を届けていただきたいと思います。

さて、本稿は前編後編の2回で終了するつもりでしたが、書いていくうちに「あんなことも、こんなこともあったな…」と記憶がよみがえってまいりました。なのでもうしばらく、この連載を続けたいと思います。ではまた近々お会いしましょう。
(編集部/吉川哲史)

【参考文献】 上京区精密住宅地図/京都吉田地図株式会社
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この記事を書いたKLKライター

八坂神社中御座 三若神輿会 幹事 / (一社)日本ペンクラブ会員
吉川 哲史

祇園祭と西陣の街をこよなく愛する生粋の京都人。

日本語検定一級、漢検(日本漢字能力検定)準一級を
取得した目的は、難解な都市・京都を
わかりやすく伝えるためだとか。

地元広告代理店での勤務経験を活かし、
JR東海ツアーの観光ガイドや同志社大学イベント講座、
企業向けの広告講座や「ひみつの京都案内」
などのゲスト講師に招かれることも。

得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。
自称・元敏腕宅配ドライバーとして、
上京区の大路小路を知り尽くす。
夏になると祇園祭に想いを馳せるとともに、
祭の深奥さに迷宮をさまようのが恒例。

著書
「西陣がわかれば日本がわかる」
「戦国時代がわかれば京都がわかる」

サンケイデザイン㈱専務取締役

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JR東海ツアーの観光ガイドや同志社大学イベント講座、
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得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。
自称・元敏腕宅配ドライバーとして、
上京区の大路小路を知り尽くす。
夏になると祇園祭に想いを馳せるとともに、
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