明智光秀シリーズ
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前回の記事「戦国時代の京都は住みたくない街№1」で戦国時代の京都の惨状をお話ししました。具体的にいうとこんな感じです。
・権力者がコロコロ変わり過ぎ!
・戦乱が絶えず治安最悪!
・権力者のやりたい放題による超インフレ経済!
・相変わらず暑いわ寒いわ…
という住環境最悪エリア、それが京都でした。
そんな荒みきった街・京の都に颯爽と現れたのが織田信長です。ここから京都、そして日本の歴史が劇的に動くことになります。それでは信長上洛によるビフォーアフター劇場in京都をお楽しみください。
信長登場で、何がどう変わった?
1568年、織田信長は足利義昭とともに上洛を果たします。それまでの京都は、将軍の部下の部下のそのまた部下、具体的にいうと三好一族や松永久秀たちが京都の実権を握っていました。ちなみに義昭は第13代将軍足利義輝の弟ですが、その将軍義輝を殺害したのも松永久秀with三好一派でした。そんな彼らを信長軍団は上洛するやいなや瞬殺、都から一掃します。そして義昭は晴れて念願の室町幕府の第15代将軍に就任します。信長は朝廷に対しても献金や天皇の住まいである禁裏を修復するなど、京都の秩序回復に努めました。
しかし、市民目線で見ると「三好っさんや松永はんが追い払われて、今度は信長はんか。聞くところによると、彼の地元では『尾張の大ウツケ』とかいわれているトンデモ男らしいわ。そんなんの軍団が京都に来たら、またメチャメチャにされるんちゃうか。ナンギやなあ~」といったところだったと思います。少なくとも歓迎モードではなかったでしょう。しかし、信長が出したある法律とある出来事から、市民の信長を見る目が変わります。
劇薬による劇的治安回復
その法令とは「一銭斬り」といわれる刑罰です。字のまんまです。たとえ一銭でもドロボーすると、いきなり「死刑!」を宣告されるのです。おちおち万引きもできません。でも逆にいうと、それくらい当時はドロボーなんて当たり前の物騒な世の中で「俺のモノは俺のモノ。お前のモノは俺のモノ」というジャイアン論理がまかり通る空気がありました。特に新しい軍団が進駐してきたときは略奪が当然とされていました。そんな風潮の世の中で、信長は「一銭斬り」という劇薬法律で意識革命を果たします。それはドロボーだけでなく、あるゆる面で反映されていきます。
それを実証したのが、次の出来事でした。信長は将軍義昭のために二条城を建てます。信長が現場監督として自ら工事を指揮していたある日のこと、笠をかぶった一人の女性がお城の前を通り過ぎていきました。その女性は俗にいう後姿美人で、そそられ感がただよいまくっていました。目ざとく見つけたお調子者の作業員が「そこの街ゆくおネエさん、ちょいと待ちねえ。どうでえ、軽く一杯。近くにいい抹茶を呑ませてくれる店を知ってんだよ」みたいなことを言いながら、その女性の笠をとって顔を拝もうとしたその瞬間のことでした。「ズブリッ」という人を斬る鈍い音が唸りました(ちなみに時代劇でおなじみのこの効果音はセロリや白菜をメッタ切りしている音らしいです)。つまり、このお調子者作業員は信長によって「現行犯逮捕!即死刑執行!!」という超スピード裁判をされちゃったわけです。これは「京の街での乱暴狼藉は許さない」という信長から市民への強烈なメッセージでした。これまでは京都に新たな軍団が入ってくるたびに、兵士たちの略奪に悩まされてきた市民は、この日を境に「熱烈歓迎!信長御一行様」となりました。
庶民の味方・価格破壊革命
次に信長が手をつけたのが、商業の発展です。前回、権力者たちが自分の利権を守るために規制規制で縛りつけ、価格は売り手の好きなように決められる「がんじがらめ経済」だった、と書きました。そのガチガチの独占経済を信長はつぎの四字熟語でブッ壊しました。みなさんもたぶん歴史の授業で聞いたことがある言葉だと思います。
正解は、そう「楽市楽座」です。ようするに規制緩和の法令で、めっちゃザックリとたとえればフリーマーケットみたいなもんです。これまでは一部の特権者にしか認められなかった「商品を作る権利、売る権利」を一般開放し、誰が作っても売ってもOK!としました。これにより競争原理がはたらき、物価はグングンと下がりはじめます。
治安がよくなり、物価も安定する。京都はめちゃめちゃ住みよい街に生まれ変わりました。市民にとって信長は救世主のような存在だったでしょう。しかし、信長はそうゆう一面だけで計れるような単純な男ではありませんでした。
意外と知られていない上京焼き打ち事件
信長といえば、その残忍さ、冷酷さ、そして神仏を恐れない男であることの例として「延暦寺の焼き打ち事件」がよく取りあげられます。もちろんエゲツない所業なのですが、実はこれと同じことを京都市中でもやっちゃってたのです。それが信長による「上京焼き打ち事件」でした。上洛から数年の間は信長と将軍義昭の関係は良好でした。しかし、信長の「圧」が露骨になりだすと2人の関係は急速に悪化します。そして1573年、信長との対立が決定的となった将軍義昭は二条城に籠城することになりました。信長は義昭に降伏を迫りますが、プライド高き将軍がそんなの受け入れるわけなく、徹底抗戦の構えを見せます。そこで持ち前の「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」精神に火がついた信長は、二条城をはじめとした上京一帯を焼き払ってしまいます。このときの焼失家屋は6,000とも7,000ともいわれています。そして将軍義昭は宇治槙島に逃れるものの最後は京都から追放され、室罰幕府は滅亡となりました。
破壊王信長
ここまでを整理しておさらいすると、こうなります。
【政治】幕府の秩序を回復するも、結局幕府を滅亡に追い込む。
【経済】楽市楽座などの規制緩和により、価格破壊を断行。
【治安】「犯罪のない明るい街・京都」を実現。
【社会】洛中を焼け野原に。
こうしてみると、信長は京都の政治・経済・社会をよくも悪くもブチ壊したことがわかりますよね。これに宗教勢力の破壊もやってますね(詳しくは拙稿「信長史上最強事件!延暦寺焼き討ちの大義はあったのか?」をご覧ください)。信長は「中世の権威を破壊した」とよくいわれますが、これってほぼイコールで「京都を破壊した」ってことを指しているわけです。京都を破壊することで京都に秩序が回復するとは何とも皮肉なものです。
信長が残したもの
覇王であり破壊王である織田信長が京都に残したもの。それは今日の京都の原型を作ったことだと思います。といっても京都の街並みを実際に作ったのは豊臣秀吉です。しかし、現代に至る京都の都市機能を作ったのは信長です。
室町時代の京都は天皇家・将軍家の権威を利用し政治の実権を握ろうと、さまざまな政争と戦争がくり返されていました。しかし、信長が将軍家の権威、というより室町幕府そのものを壊したために、京都が政治の中心から徐々に離れていくことになります。信長のあとを継いだ秀吉は大阪に本拠をかまえ、京都と距離をおくようになります。ただ、この時点では聚楽第や伏見城など京都が政治の舞台となることがまだ多かったのですが、次の家康の代になって完全に京都と政治が切り離されました。もちろんこれは家康の関東志向があったからなのですが、それもこれも信長が破壊という名のリセットボタンを押さなければ、家康といえどもそうカンタンには京都を離れられなかったのではないでしょうか。もしかすると現代の京都がいまだに中央の政治と関わっていたかもしれません。こうしてみると京都から東京への遷都の流れは、信長・秀吉・家康の3代がかりでその土台をつくったともいえますね。
京都と政治が切り離されたことの是非はともかく、今日の京都が京都であるのは、織田信長という破壊王が京都をブッ壊し、真っさらな状態にリセットしたことがその始まりです。破壊の方法論はともかくとして、戦国のドロドロした時代から脱出するには、誰かが破壊をしなければならなかった、それが時代の要請でした。信長の真のスゴさは、尾張という地方にいながら中央のそうした空気を早くから察していたことにありました。信長のこの大局観は、同じく土佐という地方から明治維新への道を開いた坂本龍馬に通じるものを感じます。2人とも非業の最期を遂げたことも似ていますよね。信長の行為は確かに、その時代を生きた人には残虐に見えたと思います。しかし、民主主義という概念も選挙という平和的な政治手法もない時代にあっては、こうするしかなかったともいえます。そういった意味で織田信長は非常に損な役回りを引き受けた政治家であったのかもしれません。
大河ドラマ「麒麟がくる」では、染谷将太さん演じる信長がどのような破壊者ぶりを見せてくれるのか。そして光秀とともにどのような京都を創りあげていくのか。そんな視点でドラマを見るのも楽しみ方のひとつだと思います。
(編集部/吉川哲史)
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