道鏡によって足を傷つけられ、立ち歩く事も出来なかった清麻呂公は、300頭の猪に護られて災難から免れたとき不思議と足が治り立って歩けるようになったと伝えられ、このご由緒により足の神様として崇敬されてきましたが、次第に足のみならず腰にも御利益があると、足腰の守護神として信仰されるようになりました。
現在では全国各地より、足腰に不安を抱える高齢者をはじめスポーツ選手も足腰守護の御利益を求めて参拝されます。

 

子育ての神さま 和気広虫姫

和気広虫姫

和気広虫姫

護王神社にはもう一柱、主祭神として祀る神様がいらっしゃいます。それが和気清麻呂公のお姉様、和気広虫姫です。当社が現在地に遷座された際に合祀され、その後主祭神に昇格しました。
広虫姫は清麻呂公に先立ち都に出仕し、後宮の女官としてお仕えしました。「人の過ちを言うことがない」と、その人柄は歴代の天皇から篤く信頼されました。
奈良時代の末は恵美押勝の乱など様々な戦乱があり、多くの子ども達が身寄りを失いましたが、広虫姫は83人もの孤児達を引き取り、我が子として養育しました。その慈愛に満ちた心は今も慕われ、博愛慈悲の神様、子供の守り神として崇敬されています。


さて、それでは境内のご案内をして参りましょう。

巨大な足腰お守り

表門と御千度車

表門と御千度車

上には大きな「足腰御守」が。

烏丸通側から表門を見上げると、大きな紫色の「足腰御守」が掛けられています。
授与所で受けられるお守りを大型化したもので、ちゃんと内札が入っており御祈願もされています。この門をくぐってお参りされる全ての方に足腰健康の御利益がありますようにと願い掲げられています。

 
 

鼻を撫でると幸せが訪れる?ブロンズの猪像

霊猪手水舎

霊猪手水舎

表門から境内に入ってすぐ右手にある「霊猪手水舎」。
 
参拝前に手を清める手水鉢に水を湛えるのは、口から水が出るブロンズの猪像です。その鼻先は多くの参拝者に撫でられてピカピカになっています。いのししに親しみを込めて撫でられるようですが、いつしかイタリアのフィレンツェにあるポルチェリーノ像のように、撫でると幸せが訪れると信じられるようになりました。
 

 

和気清麻呂公銅像

和気清麻呂公の銅像

和気清麻呂公の銅像

300頭ものイノシシに護られた清麻呂公。

境内北斎庭の護王会館の前に、御所に向かって建つ清麻呂公像。
和気清麻呂公の銅像としてよく知られているのは、東京の皇居外苑大手濠緑地に建つ像(昭和15年建立)と清麻呂公の故郷岡山県和気町の和氣神社外苑に建つ像(昭和59年建立)。護王神社には明治期に銅像建立の案があったものの実現せず、長らく銅像がありませんでしたが、平成10年の和気清麻呂公千二百年祭を機に彫刻家の松本繁来氏が手掛け、護王神社境内にも銅像が建立されました。
 

 

戦前の十円紙幣「イノシシ」

明治32年の10円紙幣

明治32年の10円紙幣

和気清麻呂公と護王神社が印刷されている。

裏にはイノシシ

明治32年の亥年に発行された十円紙幣(金兌換券)には、表に和気清麻呂公の肖像と護王神社の社殿、裏にイノシシが印刷されています。現在の価値に直すと約20万円に相当する当時としてはかなりの高額紙幣で、「イノシシ」と呼ばれていたそうです。
烏丸通に面する玉垣には、戦前に使用されていた数種類の十円紙幣をパネルにし展示しています。


決して大きくない境内ではありますが、先に挙げたもののほかにも見所がたくさんありますので、亥年のこの機会に足腰健康のご祈願も兼ねてぜひご参拝ください。

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この記事を書いたKLKライター

護王神社宮司
本郷 貴弘

 
昭和46年生まれ。岡山県出身。
皇學館大学国史学科卒。
平成5年、同郷出身の偉人である和気清麻呂公と亥年生まれのご縁に導かれ護王神社に奉職。
故郷の神社の禰宜を兼務しながら御神徳の宣揚と神社の発展に力を注いでいる。

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本郷 貴弘

 
昭和46年生まれ。岡山県出身。
皇學館大学国史学科卒。
平成5年、同郷出身の偉人である和気清麻呂公と亥年生まれのご縁に導かれ護王神社に奉職。
故郷の神社の禰宜を兼務しながら御神徳の宣揚と神社の発展に力を注いでいる。

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