祇園祭が還ってくる。実はこの二年間も御神霊渡御祭や御旅所拝礼行列などの形で祇園祭は粛々と斎行されていた。しかし山鉾が市中を巡行し、神輿が八坂神社を出て洛中に渡る祇園祭は三年振りだ。とりわけ市民や観光客にとっては山鉾が巡行することこそが祇園祭が「ある」「ない」の感覚ではないか。一方でそんな祇園祭のありかたに警鐘を鳴らしておられる方もおられる。ほかならぬ八坂神社の野村明義宮司だ。疫病を鎮めるために始まった防疫祭祀がだんだんと観光祭祀に変わっていったと宮司は言われる。また「やりたいからやる」という祭りでもないはずと釘を刺されている。

室町時代に遡れば「神事之なくとも山鉾渡したし」として、祇園社の祭礼から山鉾巡行が離れだしたこと。また私たちが見てきた現代においても昭和41年から、当時の高原宮司の意に反して前祭後祭が合同巡行となったことなど、いずれも山鉾巡行が「やりたいからやる祭り」「見せる祭り」に変わってきたようにも見える。しかし山鉾だけを以て観光祭祀といわれているとも思えない。昨今の祇園祭全体を見て何かがおかしいと感じておられるのであろう。

私が携わる神輿渡御は本来、祇園祭の中心神事として、山鉾巡行以上に神事としての正当性が求められているはずである。しかし私が三若神輿会に属して30年以上が経つがこの間に神輿渡御もずいぶんと観光化してきた。そして「やりたいからやる」という風潮があることも否めない。その現れのひとつに輿丁(担ぐ人)がずいぶんと増えたことがあげられる。三若の神輿(中御座)についていえば当時は400人程度の輿丁であったように記憶しているが、今は800人近い人数へとほぼ倍増している。

人数が増えた理由はいろいろあるだろう。三若神輿会で言うなら三若本部の下部組織であるみこし会が開かれた組織となり、10の会に細分化し、またそれぞれの会が肥大化した。祭り全体で言うなら、これは祇園祭に限ったことではないのだが、特に京都では神輿そのものに人気がでてきたことだ。渡御のあちこちで鳴らす、差す、廻すなどの神輿振りの場面が増え、より多くの力が求められてるようになってきている。卵が先か鶏が先かわからないが、相当に多くの担ぎ手による「見せる神輿」になってきている。もっともこれらの神輿振りはご神威を高めると言われており、単なるパフォーマンスではない。

7月17日石段下に集結した三基の神輿

7月17日石段下に集結した三基の神輿

17日山鉾巡行後の昼下がり、西日の厳しい西楼門石段では夕刻の三つの神輿揃い踏みの差し上げを観るための「席とり」が始まる。30年前には考えられなかった光景だ。当時は24日還幸祭の御旅所前の神輿を見て「祇園祭も終わったのに、これは何のお祭りですか?」と尋ねられることも珍しくはなかった。今はさすがにそれはない。私が知るこの30年で祇園祭の中心神事が八坂神社の神輿渡御にあることは多くの人が知るところとなった。八坂神社の神事を受け持つ清々講社、宮本組や三社神輿会ではその頃から7月17日の京都新聞見開き広告で「祇園祭は山鉾巡行では終わらない」と神輿渡御の広報に努めてきた。これを見て神輿を知ったという方も少なからずいらっしゃる。

また三基の神輿の「平成の大修復」が完了し、それまで一基ずつ神社をでていた神輿が、石段下で出発式の後に三基揃っての差し回しを披露するようになったのが20年前。これが神輿に注目が集まった一つ目の転機である。次に平成26年の後祭の復活である。昭和41年の合同巡行以来ほぼ半世紀ぶりに神幸祭・還幸祭それぞれの神輿渡御に先んじて山鉾が巡行したことで、八坂の大神(神輿)を迎えるために山鉾が市中を巡行するという祇園祭全体のストーリーがわかりやすくなった。これが、神輿が注目されるようになった二つ目の転機である。

見る人が増えるとテレビなどのマスコミの取材も増える。山鉾と神輿の静と動の対比は番組的にも成立させやすいのだろう。「もうひとつの祇園祭」などと、まるで祇園祭が2つあるかのような誤解を与えかねない笑えない特集もあったりするが、それも祇園祭の奥深さ故のことだろう。加えて昨今のSNSブームである。余談になるが、神輿の指揮を執る人を「マイク持ち」と言う。祇園祭の神輿ではそれぞれの神輿会の幹事長が主にそれを担う。このSNSブームで(私ではない)マイク持ちの威勢のよい裁きを観に東京から来るファンがいるのだ。被写体となるマイク持ちのご本人が言っていたのだから間違いない。それほどに神輿そのものも望むと望まないに関わらず見せる化されてきたのだ。

雨に打たれて輝く中御座神輿

雨に打たれて輝く中御座神輿

そうなると「やりたいから」という思いが強くなるのは必然だろう。それだけ多くの人が見に来る神輿を担ぎたいと思う人は増える。もちろん祇園祭の本義(ここでは八坂の大神に洛中においでいただいて厄を鎮めていただくこととする)に心服してご神事に奉仕をしたいと願いでてくる人も多い。新型コロナ(疫病)が流行っているからこそ祇園祭をなぜやらないのか?という話にもなる。去年も今年も正月明けに輿丁の頭(かしら)からかかってきた電話は「今年はもちろん神輿を出すんでしょうな・・・」であった。神輿を出す出さないのを決めるのは八坂神社である。私に言われてもどうしようもないことなのだが、ドスの効いたその低い声の主こそ何をか言わんやであった。

昨年の春には三若神輿会の輿丁を中心に「神輿を出すべし」との八坂神社への嘆願書に3000人の署名が集まった。早い段階で神輿を出さないことが決まっていたにもかかわらずである。私は彼ら輿丁と同じ想いを持ちながらも時に対峙せざるを得ない立場の人間だ。彼らのその想いの強さが時に恐ろしくもあり、それだけに頼もしくも思えるのである。「恐ろしくも頼もしい存在」とはまさに素戔嗚尊。私は彼らの中に素戔嗚尊の幻影を見ているのかもしれない。

円山公園での練習会

円山公園での練習会

さて神輿を迎えてくれる氏子地域はどうなのだろうか。吉符入を済ました我々神輿会は「御神酒集め」といって渡御路のご家庭や事業所にお祭り(神輿渡御)への寄付集めに廻っている。7月2日に三若の地元である大宮三条あたりのご家庭を廻った時のことである。三年振りに神輿が出ることを喜んでくださる方、神輿が出てもここまでは来られないことを知ってがっかりされる方、お世話になりますとお礼を言ってくださる方、たくさんのありがたいお声をいただいた。氏子のみなさんがこんなにも自分の町内に、家の前に神輿が来ることを願っていいただいていることを改めて知りたいへんありがたいと同時に身の引き締まる思いがした。祇園御霊会が始まった平安期とは異なり、殆どのことが科学で解明される現代においても大神様お成りを渇望している氏子の方々がたくさんおられる限り神輿は「出さないといけない」し、やはり「やりたい」と思った。

氏子宅に貼られた御神酒札

氏子宅に貼られた御神酒札

三若の地元・又旅社前

三若の地元・又旅社前

ここまで書いてふと冒頭の野村宮司の持たれている違和感と、私の違和感は異質のものなのか同質のものなのかが怪しくなってきた。実は神輿会や関係者の中にも「昔の神輿の方がよかった」という方がおられる。今のような大人数ではなく精鋭で担ぐ神輿、三基揃って石段下で差し回すのではなく一基ずつシャンシャンと環(カン)を鳴らして出ていく神輿が格好よかったと。それでいうと私は既に昔の神輿を忘れかけているし、今は魅せる神輿の前でマイクを持っている張本人である。神輿の担い手である輿丁にとって「やらなければ」という使命感と「やりたい」という個人の欲望の境目はグレーである。それは神輿会として神事を全うするという責務と、神賑いに氏子とともに祭を楽しむ行為の境目とも言い換えることができる。線引きはできなくとも後者が前者に優越することは許されない。宮司が懸念されているのがもしもこの点であるとするのなら、私は自信を持って「大丈夫です」と言いたい。自らを「神さんの子(素戔嗚尊の子ども達)」と自負している三若輿丁を私は信頼しているからだ。

奇しくも今年の神幸祭は20年振りに三基同時の差し回しではなく、一基ずつ神輿が石段下を廻る。そして三基の神輿が並んだまま四条大橋を渡り御旅所へと直行する江戸時代までの渡御が復活することになる。少しでも密を避けるために例年の半分の人数でのご奉仕となるから、昭和期に戻った精鋭での渡御となる。宮司の「御意」に添えるように、この2年間に悶々としながらも再確認してきたはずの祇園祭の本義を輿丁たちがその神輿振りで体現してくれると信じている。三年振りに還ってきた祇園祭が単なる「お祭り騒ぎ」にならぬよう、市民や担い手の気持ちを汲みながら厳粛なご神事を全うできるのか。神輿会はもちろん、祇園祭にかかわるすべての町衆が問われているように思う。

皇都祇園祭礼四条河原之凉

皇都祇園祭礼四条河原之凉

(国立国会図書館ウェブサイト)

お写真をご提供いただきました写真家の三宅 徹氏に心から感謝いたします。ありがとうございました。

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この記事を書いたKLKライター

三若神輿会幹事長
吉川 忠男

 
三若神輿会幹事長として、八坂神社中御座の神輿の指揮を執る。
神様も、観る人も、担ぐ人も楽しめる神輿を理想とする。
知られざる京都を広く発信すべく「伝えたい京都、知りたい京都 kyotolove.kyoto」を主宰。編集長。
サンケイデザイン代表取締役。

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