この卒塔婆説には別の逸話「菅原道真の供養説」があります。道真死去から約40年たったある日のこと、日蔵上人(って誰?真言宗のお坊さんだそうです)の夢枕に醍醐天皇が現れます。実は道真の左遷を実際に命じたのが醍醐天皇だったのです。そのとき地獄で苦しんでいた醍醐天皇は「自分が地獄に落ちたのは、無実の罪で道真を左遷したからだ。だから道真の供養として、千本の卒塔婆を立ててお経を読んでくれ」と日蔵上人に頼みます。夢からさめた上人は言われたとおり、船岡山に千本の卒塔婆を立てて弔いました。その船岡山から南に通じる道を千本通と名付けた…ということです。この説の真偽よりも「天皇も地獄に落ちるんだ…」ということに驚いてしまった私なのでした。

菅原道真像

菅原道真像

とまあ、さすがは平安京のメインストリートにふさわしく、出生のヒミツを3つも持つ千本通なのでした。それぞれの説を支持する学者がいらっしゃいますが、平安ロマンを愛する私としては桜説を推したいところです。

 

庶民の街として 

千本通がいつから「センボン」とよばれるようになったかは定かではありませんが、江戸中期の地図には、その名前が確認できるそうです。以降、千本通はさまざまな顔をもつ街として変化を遂げていきます。

西陣京極の入口

西陣京極の入口

懐かしい看板。※写真は20年前のもので、現在は撤去されています

ところで、京都市民が千本通りと聞いてパッとイメージするのが北大路通から丸太町通周辺まででしょう。このあたりは西陣エリアと呼ばれ、西陣織の全盛期には、千本通りは一大娯楽街となり、職人や商人たちが憩いを求めて通いつめました。千本中立売には「五番町夕霧楼」の舞台でもある遊郭街「五番町」があり、新京極にちなんだ「西陣京極」にはストリップ劇場もありました。

千本日活映画館

千本日活映画館

京都市に22軒しか残っていない貴重な成人映画館。

また、千本通は映画の街としても名を馳せ、往時には一条通から出水通の約500mの間に4軒もの映画館が連なっていたものです。その中にはゲイ専門のポルノ映画館もあるなど、昭和の千本通はディープな香ばしさがプンプンしていました。現在の千本通はずいぶんと様変わりをしましたが、「下駄ばきで楽しめる通り」といわれた当時とかわらず気さくな商店街として市民に親しまれています。

シネ・フレンズ西陣

シネ・フレンズ西陣

ゲイ専門の成人映画館。20世紀の貴重な風景。

すっぽん料理「大市」

すっぽん料理「大市」

川端康成『古都』をはじめ多くの小説の舞台として描かれている。

千本通に込められた想い

千本通の歴史はある意味、京都の歴史を投影しているともいえます。平安時代初期の京都は、まさしく日本の首都として、その中央を貫いた朱雀大路(千本通)とともに栄えました。しかし、その栄華は長く続くことはなく、政治の実権が藤原氏に移るとともに朝廷は窮乏に陥ります。同時に平安京の西部である右京の衰退により都の中央も東に移り、朱雀大路は名ばかりの通りとなりました。やがて政治の中心も鎌倉や江戸など関東に移りますが、京都は依然として天皇のおわす都としての権威を保ち続けます。千本通も西陣の隆盛とともに、独特の存在感を放つようになりました。

千本今出川から南を望む

千本今出川から南を望む

♪まる たけ えびすに おし おいけ~ で始まる「京都の通り名 数え唄」のラストをご存知でしょうか。♪じょうふく せんぼん、はてはにしじん~ ですね。通り名の最後は千本通で締めくくっています。千本通がトリを飾っているのは、かつて平安京でメインを張ったストリートである朱雀大路への誇りとリスペクトからではないでしょうか。誇りもリスペクトも京都人が「ココロのたんす」に大切にしまっているもの。千本通が市内最長距離をもって京都を縦断している意味。そこにあるのは、朱雀大路の名残り、すなわち京都人の誇りを伝えるためだと私は考えています。

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この記事を書いたKLKライター

八坂神社中御座 三若神輿会 幹事 / (一社)日本ペンクラブ会員
吉川 哲史

祇園祭と西陣の街をこよなく愛する生粋の京都人。

日本語検定一級、漢検(日本漢字能力検定)準一級を
取得した目的は、難解な都市・京都を
わかりやすく伝えるためだとか。

地元広告代理店での勤務経験を活かし、
JR東海ツアーの観光ガイドや同志社大学イベント講座、
企業向けの広告講座や「ひみつの京都案内」
などのゲスト講師に招かれることも。

得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。
自称・元敏腕宅配ドライバーとして、
上京区の大路小路を知り尽くす。
夏になると祇園祭に想いを馳せるとともに、
祭の深奥さに迷宮をさまようのが恒例。

著書
「西陣がわかれば日本がわかる」
「戦国時代がわかれば京都がわかる」

サンケイデザイン㈱専務取締役

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わかりやすく伝えるためだとか。

地元広告代理店での勤務経験を活かし、
JR東海ツアーの観光ガイドや同志社大学イベント講座、
企業向けの広告講座や「ひみつの京都案内」
などのゲスト講師に招かれることも。

得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。
自称・元敏腕宅配ドライバーとして、
上京区の大路小路を知り尽くす。
夏になると祇園祭に想いを馳せるとともに、
祭の深奥さに迷宮をさまようのが恒例。

著書
「西陣がわかれば日本がわかる」
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|八坂神社中御座 三若神輿会 幹事 / (一社)日本ペンクラブ会員|戦国/西陣/祇園祭/紅葉/パン/スタバ

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