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「京いうとこは底の知れん人間地獄をつつんで、庭や山が美しゅう知らん顔してるわ」
こんなセリフを目にすると、「やっぱいいねえ、京都!」と思う。
福井県に生まれ、京都で少年時代を送った作家・水上勉の小説『古都暮色』(角川文庫)の一節である。
昭和58年初版。筆者がこの世に生を享ける以前の作品だが、図書館でたまたま手に取った河野仁昭著『京の川—文学と歴史を歩く—』(白川書院)で引用されていたのに惹かれ、古本で読んだ。
河野仁昭氏は上のセリフに添えて、「『古都暮色』は鴨川、琵琶湖疏水、白川と、三つの川を舞台にしている。
それらの川もまた、(中略)少年少女たちの悩みに対して『知らん顔』していたのである。」と書いている。
この一節にもまた、妙に頷いてしまうところがある。天から降ってきて山を通って海へ流れ、蒸発して空に帰る、そんな循環の中の一瞬の姿は、『方丈記』の冒頭や美空ひばりの名曲を引くまでなく、どこまでも黙然としている。
人間の目からすれば、時にそっけない態度にも見える。
鴨川も過去に水害を起こしているが、今年の梅雨、九州の実家付近の川もなかなか大変な状況だった。
数日に渡って氾濫しかけ、土砂崩れもあったとか。諸般の事情で地元に帰れておらず想像するだけだが、それでも今はそ知らぬ顔をして流れていることであろう。
出町柳〜七条の鴨川の表情
休日には京阪電車で移動する機会が多いので、よく鴨川に架かる橋を渡る。そしてよく川辺の風景をiPhoneで撮影する。出町柳と三条、四条、それから七条あたりでは、背景とともに水の表情も異なる気がするから面白い。
出町柳における鴨川は、人の生活によく溶け込んでいる。京都市内を舞台にした多くの作品に登場するし(特に森見登美彦著『有頂天家族』シリーズ、『四畳半神話大系』は小説もアニメも好きである)、自分も学生時代、あのデルタの上で飲み会なんぞしていたのを思い出す。
三条は、橋の擬宝珠の刀傷のような歴史的空気と、近くのカフェや店が醸し出す今めかしい空気の混ざり具合が面白い。
四条はもっと何でもアリで、南座や由緒のありそうなお店群と、アーティストやら何やらの玉石混交の取り組みが生み出すちゃんぽん感が楽しい。
七条まで下ると、だいぶ気楽である。魚を狙って斜めになって構えているアオサギを、人間も橋の上からついじっと見守ってしまったりなどする。
出町柳の鴨川に感じる縁
……と南下してきておいて話が戻るが、個人的に、出町柳の鴨川には深く縁を感じるところがある。
数年前の大晦日のことである。当時、筆者は田舎の高校教員をしていたのだが、その年は5年ぶりに正月休みを確保できたのが嬉しく、大阪・神戸・京都をひとり旅した。
旅の途中で唐突に「京阪本線を端から端まで乗ってみよう」と思いつき、淀屋橋から乗車して、1時間半ほどかけて出町柳に着いた(なお、厳密には「京阪本線」は三条駅までの呼称らしいが、まあとにかく端まで乗りたかったのである)。
賀茂大橋の東に立って、
「帰ってきたぜ、懐かしの鴨川……」
とぼんやり川面を眺めていたら、目の前にカラスが2羽舞い降りてきて、悠々と水浴びをしはじめた——冬の川辺で、カラスがアベックで行水!(友人同士かもしれないし親子かもしれないが)——河岸がコンクリートで固められた地元の川ではまず見かけることのない光景であった。
下はその当時のツイートである。
「カラスたちでさえ、我が思い出の地でこんなに自由を謳歌しているんだな……」と物思いに耽った。
己の教員としての適性に疑問を抱き(指導や部活よりプリント作りが楽しい)、転職を意識し始めた時期のことであった。この数ヶ月後に具体的に動き出すことになったので、彼らはきっと下鴨神社あたりにゆかりのある神秘的な何かであったに違いない、と勝手に思っている。
「まさかここで出会えるとは!」浮舟と匂宮の像に感動
今年の6月半ば、長らく憧れの地であった宇治に初めて足を運んだ。主に三室戸寺のあじさい園や、有名店のフォトジェニックな季節限定パフェが目当てであったが、これまた好きなアニメ作品『響け! ユーフォニアム』(原作:武田綾乃、制作:京都アニメーション)のいわゆる「聖地」の一つでもあり、何より『源氏物語』宇治十帖の舞台でもある、宇治川を見てみたいというのもあった。
この日も京阪に乗り、三室戸駅で降りて、三室戸寺→宇治上神社→宇治神社と歩き、宇治神社の鳥居をくぐり抜けると、目の前に浮舟と匂宮の像が現れたので驚いた。像自体は写真で知っていたが、具体的な場所を知らなかったので「おお、おふたりさん! まさかここで出会えるとは!」と妙に感動。
「宇治十帖」は、全54帖ある『源氏物語』のうち、主に宇治を舞台とする末尾の10帖をさす。
『源氏物語』宇治十帖における薫、匂宮、浮舟の三角関係
『源氏物語』の主人公・光源氏亡き後、光源氏の子「薫(かおる)」(と周囲には思われているが、実際は光源氏の妻の一人・女三宮と他の男性の間に生まれた子。かつて光源氏が父・桐壺帝の後妻に横恋慕し、不義の子・冷泉帝を産ませたことの報いと言われる)と、彼をライバル視する今上帝の第三皇子「匂宮(におうのみや)」が登場する。
恋多き青年・匂宮に対し、薫は出生への疑念から仏道に帰依する真面目な青年であったが、あるとき宇治の地にて美しい姉妹を垣間見、その姉・大君(おおいぎみ)に一目惚れする。
彼女らの父が儚くなったことを受けて猛烈アタックし、同時に匂宮も妹の中君(なかのきみ)を妻とするが、病弱な大君は亡くなってしまう。
そんな折、姉妹の異母妹に当たる「浮舟(うきふね)」が現れる。
薫は大君に生き写しの浮舟を宇治の屋敷に囲うが、常に薫と張り合う匂宮も浮舟を奪おうとして、彼女と共に舟で宇治川を渡り、別の屋敷へ連れて行くなどする(朝霧橋の像はこの場面を描く)。
穏やかで真摯な薫・浮気性だが情熱的な匂宮の間で板挟みになった浮舟は、薫に匂宮との関係を知られたことにより、宇治川に入水(その後一命をとりとめたが、仏門に入り薫との再会は拒絶する)。
なお、原作でこの場面は具体的に語られないが、大和和紀による漫画化作品『あさきゆめみし』では、宇治川の暗い流れを恐れながらも引き寄せられる浮舟や、浮舟の入水後に「水に入る勇気がおありなら、どうして生きてくれなかったのか」と浮舟付き女房が嘆く姿も描かれる。
(ちなみに、80年代頃に描かれた『あさきゆめみし』も古典に感じられる人には花園あずきによる漫画化『はやげん! 〜はやよみ源氏物語〜』が一冊にまとまっていておすすめである。)
そんな調子で意気揚々と歩を進め、朝霧橋の半ばで立ち止まって、欄干越しに川面を見下ろしてみたところ、しばし言葉を失った(※ひとり歩きで誰とも喋ってはいないのだが、脳内でも一瞬絶句したのである)
——いやあ、こりゃ速い! こりゃ身投げもドラマになるわ! と妙な納得をしながら、しばしその流れに見入った。
前日までの雨の影響もあったと思うが、不透明な緑青色の水がまさにどうどうと、次から次へと流れ去っていくのである。
地元の川とも、鴨川とも、それから先日行った貴船の川とも、また全然違う迫力があった。
他の川と同様、いつも人の営みのそばを流れながら、きっぱりと馴れ合いを拒絶している……あくまでイメージだが、そんな強さを感じずにはいられなかった。
「宇治川が日常と非日常の境だったわけだ」
実際に目の当たりにしてみて、宇治十帖での描かれ方にも納得がいった気がする。この野生的な流れゆえに、宇治川は京の貴族世界と宇治の幻想的な世界を分ける、境界線の役割を果たしているのだなと(帰りの電車を待ちながら読んだ京阪電車のフリーペーパーのコラムには「宇治川を境に、京は男の世界、宇治は女の世界」とも書いてあった)。
人生で初めて心惹かれた女性・大君を山荘に尋ね、彼女の死後は浮舟を宇治に隠し住まわせた薫にとっては、この川が日常と非日常の境だったわけだ。
それから、『響け! 〜』の聖地「久美子ベンチ」も無事発見した。この時は先客があったので、近くの「源氏物語ミュージアム」を訪れた時にでもまた座ってみたい。
『源氏物語』から少し歴史に視点を移せば、誰の所有物でもなかった川というのは、無責任なものが野放しになり、一方で伸び伸びと育つ場所でもあった。
ある種の職人や芸能で生きる人々が「河原者」と呼ばれたことや、三条河原・六条河原の処刑などが有名だが、高校で習う芥川龍之介の『羅生門』の楼の上のように、引き取り先のないものが放置される場でもあったという。
今春の一時期は人けのなかった川岸も、最近は人がだいぶ戻ってきた。
カップルやグループが腰を下ろして楽しそうにしているあの地面の真下に、遙か昔の誰かの、恨みつらみを抱えたままの頭蓋骨が埋まっているのかもしれない……といった想像もしてみる。
恨みつらみも地獄も、全部押し流しながら知らんふりして古都をゆく水の束の眺めが、私は実に好きである。
たぶんこれからも、何のことはない眺めを日々iPhoneに記録していくのだ。