7月17日先祭の山鉾巡行の先頭を行く長刀鉾。お稚児さんが太刀で注連縄を切るシーンをテレビで見ることも多い。今年は京都市立御室小学校4年生の中西望海君(10歳)がその大役を務める。KLKではお稚児さんのお父様でありご自身も38年前に稚児を務められた京菓子の株式会社鼓月 代表取締役の中西英貴さん(47歳)に取材させていただきました。
まずはご子息がお稚児さんに選ばれましたことをお祝い申し上げます。親子2代にわたって大役をお務めになるお気持ちをお聞かせください。
ありがとうございます。身の引き締まる思いです。私がお務めしたのは、もう38年も前のことです。緊張もしましたが、とても楽しかったことを今でも鮮明に覚えています。
私の息子にもお声かけいただけたことはご縁を感じるとともに感謝の気持ちでいっぱいです。実はこれまでも息子にお声かけをいただいたことがあったのですが、まだ幼かったこともありお断りをさせていただいた経緯がございました。一度お断りすれば普通はもうご縁はいただけないと思うのですが、重ねてご指名をいただきましたことは言葉に言い尽くせない喜びです。
幸い望海自身も昨年から長刀鉾の囃子方のお仲間にいれていただいており稚児のお役目はなんとなく知っておりましたので「えっ、僕がこれをできるの?」と大喜びしておりました。やはり親子ですね。
お稚児さんになるということはご家庭や学校でもいろいろ大変ですよね。
そうですね。父親が祇園町をふらふらしていると何かと誤解を招きかねないので、慎まないといけないですし(笑)。
冗談はさておき、よく言われるのが女手をかけてはいけない、地に足をつけてはいけない、男手が世話をしないといけないということですかね。とはいっても望海は小学校に通っていますし給食も食べます。なにより私が朝食を作るのが面倒なので(笑)。
我が家だけなく、父親が食事の支度まで全部するというのはなかなか現実的ではないように思います。食事ですと私もしていたように、学校へは「身を清める」「魔除けになる」という2つの意味がある火打石を持たせるつもりでいます。
ただ、「本当はこうですよ」という云われは、伝えていくべきだと思っています。その一方で、これからもずっと長く続けてゆくためにはある程度の寛容性も必要だと感じています。
学校では、望海が稚児に選ばれたことで、祇園祭について勉強しようという取り組みもしてくださっているようです。
儀式の流れをいいますと、八坂神社で7月13日にお位をいただき、7月17日のお祭りの後に神様の使いになるというお位を返上し、日常に戻ります。テレビで見るのは祇園祭のごく一部です。未来の京都を担う子どもたちがこの機会に祇園祭のことをいろいろ考えてくれるのはうれしいですね。
そうそう、大変だったことといえば、望海は祭のことを知っているので、あまり緊張していないようで私も安心していたのですが、記者会見のときは、カメラの前でガチガチに緊張して大変でしたね。
長刀鉾のお稚児さんのハイライトといえば何といっても注連縄切りですよね?
そうですね。望海も上手くできるか不安なようです。実際は後ろで大人が手を添えて稚児の手を動かしているのですが、それでも先日その動きをしっかり練習しました。ぜひ当日の太刀裁きを楽しみにしててください。えっ?私ですか?見に行くのかって?私は、練習の成果を間近で見られるんですよ。なんといっても稚児の親は一緒に鉾に乗ることができるので、後ろから見守りたいと思います。
あと馬にも乗りますので私の時は乗馬クラブで練習していましたが、今は八坂神社境内でその練習もしっかりやっていますよ。
望海君がお稚児さんを務めることでお父さまとして期待することは何ですか?
当たり前ですが望海にとっては何もかもが初めてのことです。これからの数週間、大人に囲まれて、着物を着て、たくさんの儀式をこなしてゆくことになります。
また、去年からお仲間に加えていただいた囃子方は、普段の職歴も関係なしの年功序列の世界です。近頃は、よその家の子供を叱ることがなくなりましたが、囃子方では周りの大人が叱ってくださいます。今回のことを通じて少し早く大人社会や大人のお付き合いを垣間見ることになるのでしょうね。
稚児を務めるのは今年だけのことですが、務めた子は将来にわたってそれを背負って生きていくことになります。私自身が38年経った今でも「あの時のお稚児さんか」と言われますからね(笑)。よい思い出を作ってほしいと願うと同時に、その経験をさせていただいたことに恥じない生き方をしていってほしいですね。
お稚児さんの親として心がけておられることはありますか?
よく聞かれることですが「お稚児さんを出すのって経済的負担が大きいのでしょ?」と。もちろん少なからずお金はかかります。しかし、直会(なおらい)にお金をかける、母親が着物を誂える、お客様を迎えるから家を直す・・・そんな支出を計算しだしたら果たしてどこまでが稚児を受けることによってかかるお金といえるのか。ひょっとしたらそんな噂話だけがおもしろおかしく広まって、将来的に稚児や禿の受け手が少なくなるかもしれません。
稚児の親であり、私自身も稚児の経験があるからこんなことが言えるのかもしれませんが、後世の稚児家に「神事や儀式などで本当に必要なのはこれくらいですよ」とはっきり言えるような前例になりたいと思っています。
また、私自身も稚児の親をとても楽しませてもらっています。中西さんには説明しなくて良いから楽だといわれます。稚児に選ばれたらまず祭の説明をされるのですが、私は流れを知っているので、「どうしたらいいんや」と慌てる必要がないからです。
ちなみにこのような説明は、ずっと口伝で行われてきました。38年前と今では、儀式が減ったり、増えたり、変わったりしていますが、みんなが楽しんでくれているのが伝わってきます。
最後に祇園祭に願うことをお聞かせください。
2016年に山鉾行事がユネスコ文化遺産に登録されました。それ自体はたいへん喜ばしいことなのですが、祇園祭に限らず「祭」の原点が失われているのではないかと危惧いたします。
いうまでもなく祭は神様に喜んでいただくために執り行うのですが、同時に地域(町や村)の人々が酒を酌み、喜びを分かち合い楽しむ場でもあります。
山鉾巡行でも一昔前は鉾の中で床がビシャビシャになる程、お酒を飲んだり、新町通などで2階の窓から見ている人に話かけたり、時に扇子を差し上げたり、その扇子をそのお家の家宝としていただいたり、そんな交流がここかしこでありました。
ですが近年は「周りの目」を必要以上に意識してしまい「やってはいけないこと」が増えてしまった気がします。食事でも、鉾の中でいただいていると、「なんだあれは」となってしまい、しゃがんで見えないようにしていただくようになりました。
これまで1150年続いてきた祇園祭です。神事としての厳かさや、観光行事としての見栄えはもちろん大切ですが、担い手である町衆も観る人も楽しめる祇園祭であり続けてほしいですね。
本日は普通ならなかなかお聞かせいただけないような貴重なお話をいただきありがとうございました。
※2019年夏の記事です。
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