今年の祇園祭も、いよいよフィナーレを迎える。一月間の賑わいが静かに幕を引き、京都は送り火の季節を迎える。華やかな宵山に続き、祭りのハイライト、神幸祭と還幸祭が今年も盛り上がりを見せた。昼は、市長の横で「くじ改め」をサポートし、夜は神輿に加わり、抜けて宴に入り、また神輿の到来を待つ。ここ数年の神幸祭の私の過ごし方だ。昨年知事を退き、八坂神社崇敬会の会長になった時、鉾と一緒に歩きたいと思った。その念願が叶い、今年菊水鉾と共に歩かせていただいた。

 そこには、くじ改めとはまた違う風景が広がっていた。初めて山鉾巡行を見たときは動く美術館と呼ばれる山鉾の優雅さとコンチキチンの音色の美しさに惹かれた。しかし、こうして裃を着け山鉾と共に歩むと、この祭りのもう一つの魅力が浸みてくる。人々の温かいもてなしを至る所で受ける。声をかけてくれる大勢の人達、芸舞妓さんもお座敷とはまた違う気楽さを見せてくれる。四条河原町の交差点で辻回しを眺めながら、担い茶屋の爽やかな抹茶をいただいていると、時が穏やかに過ぎていく。人と交われる祭り、街と一体になれる祭り。
 夕方、中御座の神輿を吉川さんに連れられるままに担ぐ、その瞬間、余分な思考は全て飛んでしまう。肩に伝わる衝撃と重さは、人に余分なことを考える余裕を与えない。肩で神様を担ぎ、足で街を踏みしめ、両手には町の人からのもてなし。全てが交差して祭りになる。

 中御座を離れ、西御座に向かうと、そこは花見小路。花街の人達も通りに出て、お茶、ビール、すいかにお握りともてなしてくれる。すれ違うのも難しい通りを御神輿が抜けていく。街の匂いの中で、自分が京都の一部になっていく瞬間が快い。
 還幸祭は、三条の町屋で御神輿を待っていた。一年に一度、この場所で神輿を待ちながら飲む、話す、食べる。今年は、三基の神輿が間を置かず戻っていく。今度は両手に飲み物を持って、こちらが輿丁に奉仕する。闇の中で町の人も神輿の人も混ざり合っていく。祭り装束の老人が車椅子に乗って神輿のそばへ近づく。

京都で暮らすということは、浄め、祈り、癒やされ心一つになっていくこと。1150年間、この祭りと共に人々は生きてきた。華やかさや勇壮さの陰で、人は神と語り、町に暮らし、お互いに心を通わせてきた。京都にいるということの証が「祭り」なのかと思う。
 世界有数の観光地「京都」、多くの旧所名跡、グルメな食が人を引きつけるだけではない。この街の中心には、祈りがあり、その思いが京都ならではのもてなし、しつらえを創り出す。葵祭、祇園祭、送り火、時代祭、おけら参り、街を離れても火祭りや松上げが空を焦がす。社会の多様化とそれに対する反発。時代は人の心を揺さぶるが、京都はその心を癒やすことが出来るから人が集まるのだ。祇園祭で人々は神と街と交わり一つになる。来年の7月が待ち遠しい。

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山田 啓二

京都産業大学学長補佐
前京都府知事 
八坂神社崇敬会会長
八坂神社神社総代
1954年4月5日生まれ
知事退任後はラジオ・テレビのコメンテーターも務める

                           

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