阪急京都線は新京阪電気鉄道という京阪電車系列の会社によって、1928(昭3)年、昭和の御大典に間に合わせるために大阪の天神橋から西院まで開通したのが始まりで、その後1931年に大宮まで地下で延伸し、この区間が関西初の地下鉄であるという話はこのKLKでもすでにご紹介したところです。
「関西初の地下鉄は京都から」を読む地下鉄の工事で、山鉾巡行が中止に
そして、現在のように河原町まで延伸開業したのは東京オリンピックを前にした1963(昭38)年のことでした。
その工事は1961(昭36)年の山鉾巡行が終わった直後の8月1日に開始されます。翌1962年の7月の巡行は工事の真っ最中で、当時のオープンカット工法では地上部分に鉄板を敷き詰めていました。
そこでこの鉄板の上を、鉾を巡行させても大丈夫かとうことになり、何と同年5月27日の深夜に山鉾連合会、京阪神急行(阪急電鉄の前の社名)、市観光局、市土木局、京大工学部などの関係者立ち合いで月鉾の台枠を組んで実地テストを行ったのです。
それが下の写真(当時の新聞より)です。その上に、6t、8t、10t、12tの鋼材を段階的に積み、本番と同じ45人の引き手が新町~烏丸間を引いたところ、鉄板の耐久性はまず大丈夫、心配されたスリップもアスファルト路面の場合と変わらないという結果が得られました。
ところが鉄板を固定するためのビョウによって木製の鉾の車輪がえぐられるという新たな問題が出てきました。そこでこの対策として急きょ鉄板上に約1cmの厚さで砂を撒いてテストを続行したのですが、砂に足をとられるため満足に引きこなせなかったそうです。同時に月鉾町側から「鉾の損傷がひどくなる」と申し入れがあり、予定をくりあげて午前3時、テストは打ち切られました。
その後、京都市、山鉾連合会、京阪神急行の間で話し合いがもたれ、安全と河原町開業の工期を最優先に考え、結局その年の山鉾巡行は中止になりました。そもそも実際に高さ27mの鉾を組み立てたら重心も変わるということで心配するむきもあったようです。
巡行を中止して各町内に止まったままのお祭りを「居祭(いまつり)」といいます。すると御池通での有料観覧席が設置出来ず、そこからの収入がなくなります。そこで当時の京都市長が阪急電車に掛け合って幾ばくかの寄付金を出してもらったということも報じられていましたが、詳細はわかりません。
ところでこの区間の工事はとりわけ四条通周辺の井戸水対策に力がそそがれました。この地下鉄工事で万一井戸水が枯れては大変と、さらに深い井戸を掘ってその水を周辺の各家や事業所に配水するという念の入れようでした。こうして翌1963年の祇園祭の直前に竣工させることができたのです。
時が流れ、平成に入ると今度は御池通で地下鉄東西線の工事が本格化しました。東西線は巡行路である御池通の下を通るために、やはり配慮が必要でした。
そのころになるとオープンカット工法も路面にはコンクリートの板を敷き詰め、簡易舗装を施すようになり鉾の巡行には大きな支障はなかったようですが、鉾よりも背の高い杭打ち機やクレーン車が傍らにあっては無粋な上、観覧席の設営にも支障が出るので1990(平2)年7月の巡行時は重機類を一旦すべて撤退させました。ちなみに同年10月の時代祭の際も同様の措置がとられました。大きなお祭りに対する京都市の配慮がうかがえます。
今年はコロナの影響で山鉾巡行が中止になりますが,長い祇園祭の歴史の中ではさまざまなことがおこるのですね。
地下道の柱がない理由は…?
これはおまけですが、烏丸~河原町間の地下道について、祇園祭とは直接関係のないお話を加えておきます。あそこにもいわゆる地下街があったらいいのにと思われる方もおいででしょう。そうなると地上の商店街が寂れるのではということで反対だという建設当時の「大人の事情」もあったようですが、それはさておき、あの地下道、寺町通付近で中央の柱がなく、だだっ広くなっている箇所があるのにお気づきでしたか。なぜだと思われますか。
ヒントはもう1階下の阪急の線路にあります。
そこには線路のポイントという電車の進行方向を変える装置が付いているので、当然柱が設けられず、したがってすぐ上の地下道にも柱がないのです。普通に歩いて回りを見ても、その理由までわかりませんよね。
ちなみに高倉通付近(大丸の東口付近)にも柱がありません。やはりその下に上り線と下り線をつなぐポイントがあったのですが今は撤去され、「柱なし通路」だけが残ってしまっているのです。
(2020.07)
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